わたしは、最近色をぬるとき。
色がナビみたいに教えてくれるんです。
こっちこっちこの色!この色!って
信号機みたいに光だして。
でも。パッと見えているんじゃないだ。
教えてくれてるの。色が。
みさの体の中にはいって。
そして、最近大ブームのアンパンマンさま。
わたしの絵の中に、よく丸。が登場してきます。
わたしは、1番アンパンマンがだいすきなのに。
バイキンマンだ!という色や形ばかり。笑
アンパンマンの安心できるあの顔。
心の安定を求めてかいているのか。
自然と出てきているのか。
こどもが一番最初にでてくる丸だけの
あの形は、アンパンマンを
自然とイメージているのか。
考え深いです。




「色が呼んでいる」という感覚、とてもよく伝わってきます。
この作品は、こちらが色を選んでいるというよりも、色に導かれている時間の記録のように見えますね。
配置や構成を決める前に、すでに色と身体がやりとりをしている。
そのやりとりの痕跡が、そのまま画面に残っているのが、とても魅力的です。
特に右側の渦のような部分。
あそこだけ少し時間の密度が違うように感じました。
色が集まり、重なり、吸い込まれていくような場所。
まるでそこが、この画面全体の「重力」になっているようにも見えます。
一方で、画面全体には小さな矩形や丸が散らばっていて、
それらがリズムを刻みながら、どこか都市のようでもあり、回路のようでもあり、
でも最終的にはとても個人的な風景に着地している。
この「構造」と「衝動」の同居が、おおはしさんの今の面白さですね。
アンパンマンの話、とても興味深いです。
丸という形は、最も原初的で、同時に最も安心を感じる形でもある。
だからこそ無意識に繰り返し現れてくるのだと思います。
その中で、色がバイキンマン的に暴れているというのも、すごく自然なことに感じました。
安定と逸脱、その両方が同時に存在している。
「色には声がない」と書かれていましたが、
この作品を見ていると、確かに声はないけれど、確実に“方向”は持っているように感じます。
その方向に素直に従っているところに、今の制作の純度がありますね。
この「色に導かれる感覚」がさらに深まっていったとき、
ある瞬間に「これは自分が描いたのではない」と感じるような体験が訪れるかもしれません。
最近の制作の中で、
「これは自分で選んだ色じゃない」と感じた瞬間はありましたか? 🎨
わかめせんせい、、
こんなにもあつく、、本当にありがとうございます。
この絵だいすき!ですが、自分へもどうコメントしていいのか。ただただだいすき!
なんか、きっと、我が子が描いた作品のような
観覚と一緒なのかと思います、、。
愛おしいくて、だいすきなのに。なんと
コメントしていいのかわからない。
もし、この作品を知らない他者がかいたら、
なんておもっていいのか。感じていいのか。
わからなかったと思います。
それなのに、、こんなにもあつく、、
コメントをくださりありがとうございます。
これは、自分の色じゃない!は
色が混ざっているぶぶんです!
くらくて、わたしだったら、絶対に作らないいろのぶぶん。